この章で扱うこと

統計学では、データを「偶然に得られた値」として扱います。 その偶然を数学的に表すための道具が確率です。

この章では、次の流れで確率を整理します。

  • 標本空間と事象
  • 確率の公理
  • 確率の基本公式
  • 条件付き確率
  • 独立性
  • ベイズの定理
  • 確率変数と分布

統計検定1級では、確率を「なんとなく起こりやすい割合」ではなく、集合に対して定義された関数として理解することが重要です。

標本空間と事象

偶然に起こりうるすべての結果を集めた集合を 標本空間 といい、Ω\Omega と書きます。 標本空間の部分集合を 事象 といいます。

例えば、サイコロを1回振る場合、

Ω={1,2,3,4,5,6}\Omega=\{1,2,3,4,5,6\}

です。

偶数が出る事象を AA とすると、

A={2,4,6}A=\{2,4,6\}

と書けます。

このように、事象は「文章で表された出来事」を集合として表したものです。

薬学や生命科学では、標本空間と事象を次のように置き換えると考えやすくなります。

場面標本空間 Ω\Omega事象の例
細胞実験測定された全ウェルの反応A=A=「細胞生存率が 80%80\% 以上」
酵素阻害試験試験した全化合物の結果B=B=「阻害率が 50%50\% 以上」
副作用調査観察した全患者の転帰C=C=「眠気が出た」
AI創薬の予測モデルが評価した全候補化合物D=D=「活性ありと予測された」

ここで大事なのは、確率を学ぶと「何が起こったか」を数えるだけでなく、そこから研究上の判断に進めることです。 例えば、細胞生存率のデータからは「この濃度は安全そうか」、服薬アドヒアランスと血中濃度のデータからは「介入が必要そうか」、AI創薬モデルのスコアからは「どの化合物を次に実験するか」を考えられます。

実験情報から事象、確率、研究判断へ進む流れを示した模式図
確率は、実験・臨床・AI予測から得た情報を、事象、確率、研究判断へ変換するための言語です。

例えば、化合物スクリーニングで

A={活性がある化合物},B={細胞毒性が低い化合物}A=\{\text{活性がある化合物}\},\quad B=\{\text{細胞毒性が低い化合物}\}

とおくと、

ABA\cap B

は「活性があり、かつ細胞毒性が低い化合物」を表します。 これは創薬の初期探索で本当に欲しい候補集合です。 つまり、集合の記号は抽象的に見えますが、実際には「どの候補を残すか」「どの条件を危険とみなすか」を明確にする道具です。

集合の基本操作

2つの事象 A,BA,B に対して、よく使う集合の操作は次の3つです。

まず、和集合です。

ABA\cup B

これは「AA または BB が起こる」ことを表します。

次に、共通部分です。

ABA\cap B

これは「AABB が同時に起こる」ことを表します。

最後に、補集合です。

AcA^c

これは「AA が起こらない」ことを表します。

例えば、サイコロで

A={2,4,6},B={4,5,6}A=\{2,4,6\},\quad B=\{4,5,6\}

なら、

AB={4,6}A\cap B=\{4,6\}

です。

集合 A と集合 B の和集合、共通部分、補集合のイメージ A B 共通 左の円: A 右の円: B 重なり: A∩B
Venn 図で見る和集合と共通部分。確率の加法公式では、重なり A∩B を二重に数えないことが重要です。

確率の公理

確率 PP は、事象 AA に対して数 P(A)P(A) を対応させる関数です。

P:F[0,1]P:\mathcal{F}\to [0,1]

ここで F\mathcal{F} は、確率を考える対象となる事象の集まりです。 統計検定1級では、Ω\OmegaF\mathcal{F}PP をまとめて

(Ω,F,P)(\Omega,\mathcal{F},P)

と書き、これを 確率空間 と呼ぶことを押さえておくとよいです。

確率は次の3つの性質を満たします。

1つ目は、確率は負にならないことです。

P(A)0P(A)\geq 0

2つ目は、全体の確率が 1 であることです。

P(Ω)=1P(\Omega)=1

3つ目は、互いに重ならない事象は確率を足せることです。 事象 A1,A2,A_1,A_2,\dots が互いに排反、つまり

AiAj=(ij)A_i\cap A_j=\emptyset \quad (i\neq j)

であるなら、

P(i=1Ai)=i=1P(Ai)P\left(\bigcup_{i=1}^{\infty}A_i\right) = \sum_{i=1}^{\infty}P(A_i)

が成り立ちます。

この3つが確率の出発点です。

確率の基本公式

確率の公理から、よく使う公式が導かれます。

まず、補集合の確率は、

P(Ac)=1P(A)P(A^c)=1-P(A)

です。

また、2つの事象 A,BA,B について、

P(AB)=P(A)+P(B)P(AB)P(A\cup B)=P(A)+P(B)-P(A\cap B)

が成り立ちます。

P(A)+P(B)P(A)+P(B) と足すだけでは、AABB の両方に含まれる部分を二重に数えてしまいます。 そのため、重なりである P(AB)P(A\cap B) を一度引きます。

特に AABB が排反なら、

AB=A\cap B=\emptyset

なので、

P(AB)=P(A)+P(B)P(A\cup B)=P(A)+P(B)

となります。

劣加法性と Bonferroni の不等式

事象が重なっているかどうか分からないときでも、和集合の確率には上からの評価があります。 2つの事象 A,BA,B について、

P(AB)P(A)+P(B)P(A\cup B)\leq P(A)+P(B)

が成り立ちます。 これを 劣加法性 といいます。

理由は、正確には

P(AB)=P(A)+P(B)P(AB)P(A\cup B)=P(A)+P(B)-P(A\cap B)

であり、

P(AB)0P(A\cap B)\geq 0

だからです。

一般に、事象 A1,,AnA_1,\dots,A_n について、

P(i=1nAi)i=1nP(Ai)P\left(\bigcup_{i=1}^{n}A_i\right) \leq \sum_{i=1}^{n}P(A_i)

が成り立ちます。 これは、複数の「失敗」や「副作用」のうち少なくとも1つが起こる確率を、簡単に上から押さえるときに使えます。

一方、共通部分の確率を下から評価する不等式も重要です。 2つの事象について、

P(AB)=1P(AcBc)P(A\cap B) = 1-P(A^c\cup B^c)

です。 劣加法性より、

P(AcBc)P(Ac)+P(Bc)P(A^c\cup B^c)\leq P(A^c)+P(B^c)

なので、

P(AB)1P(Ac)P(Bc)P(A\cap B)\geq 1-P(A^c)-P(B^c)

となります。 これを Bonferroni の不等式 といいます。

同じ式は、

P(AB)P(A)+P(B)1P(A\cap B)\geq P(A)+P(B)-1

とも書けます。

例えば、ある薬で「有効である」確率が 0.80.8、「重い副作用が出ない」確率が 0.90.9 だとします。 この2つが独立かどうか分からなくても、

P(有効重い副作用なし)0.8+0.91=0.7P(\text{有効}\cap \text{重い副作用なし}) \geq 0.8+0.9-1 =0.7

と下から評価できます。 独立性を仮定しなくても言える、という点が大事です。

Bonferroni の不等式のイメージ 有効 安全 両方 下限: P(A∩B) ≥ P(A)+P(B)-1
Bonferroni の不等式は、独立性が不明でも「両方起こる確率」を下から評価できます。

条件付き確率

条件付き確率は、「BB が起きたと分かっているときに、AA が起こる確率」です。

P(AB)=P(AB)P(B)P(A\mid B)=\frac{P(A\cap B)}{P(B)}

ただし、

P(B)>0P(B)>0

とします。

この式は、標本空間を Ω\Omega から BB に狭めて考えている、と見ると理解しやすいです。 つまり、条件 BB の中で AA も起こっている部分の割合を見ています。

式を変形すると、

P(AB)=P(AB)P(B)P(A\cap B)=P(A\mid B)P(B)

となります。 これは積の公式と呼ばれます。

同様に、

P(AB)=P(BA)P(A)P(A\cap B)=P(B\mid A)P(A)

も成り立ちます。

条件付き確率のイメージ 全体 Ω B A∩B 分子 条件付き確率 = B の中で A∩B が占める割合 P(A|B) = P(A∩B) / P(B)
条件付き確率では、見ている全体を Ω ではなく B に狭めます。

独立性

事象 AABB が独立であるとは、BB が起きたことを知っても AA の確率が変わらないことです。

P(AB)=P(A)P(A\mid B)=P(A)

これを積の公式に代入すると、

P(AB)=P(A)P(B)P(A\cap B)=P(A)P(B)

となります。

統計では、独立性はとても重要です。 例えば、独立な確率変数 X1,,XnX_1,\dots,X_n を仮定すると、標本平均や分散の性質をきれいに計算できます。

ただし、「排反」と「独立」は別物です。 排反は同時に起こらないこと、独立は一方の情報がもう一方の確率を変えないことです。

薬学では、独立性を安易に仮定しないことが大切です。 例えば、

A={服薬アドヒアランスが良い},T={血中濃度が治療域に入る}A=\{\text{服薬アドヒアランスが良い}\},\quad T=\{\text{血中濃度が治療域に入る}\}

とすると、ふつう AATT は独立ではありません。 服薬できているという情報は、血中濃度が治療域に入る確率を変えるからです。

一方で、実験デザイン上は「独立に近い」とみなしたい場面もあります。 例えば、同じプレート上の隣り合うウェルでは位置効果が出ることがあるため、ウェルをランダム化して処理群を割り付けます。 これは、測定値どうしの不要な依存を減らすための工夫です。

全確率の公式

事象 B1,,BkB_1,\dots,B_k が標本空間 Ω\Omega を重ならずに分けているとします。 つまり、

BiBj=(ij)B_i\cap B_j=\emptyset \quad (i\neq j)

かつ、

i=1kBi=Ω\bigcup_{i=1}^{k}B_i=\Omega

であるとします。

このとき、任意の事象 AA について、

P(A)=i=1kP(ABi)P(Bi)P(A)=\sum_{i=1}^{k}P(A\mid B_i)P(B_i)

が成り立ちます。

これは、AA が起こる確率を、場合分けして足し合わせる公式です。

全確率の公式の分割イメージ B1 B2 B3 A A を B1, B2, B3 の中に分けて足す
全確率の公式は、標本空間を B1, B2, B3 に分割してから A の確率を足し合わせる考え方です。

ベイズの定理

ベイズの定理は、条件付き確率の向きを入れ替える公式です。

P(BjA)=P(ABj)P(Bj)i=1kP(ABi)P(Bi)P(B_j\mid A) = \frac{P(A\mid B_j)P(B_j)} {\sum_{i=1}^{k}P(A\mid B_i)P(B_i)}

分子は「BjB_j が原因で AA が起こる確率の重み」です。 分母は、すべての場合を足し合わせた AA の確率です。

検査の例なら、AA を「検査陽性」、BjB_j を「病気である」と考えると、

P(病気陽性)P(\text{病気}\mid \text{陽性})

のような確率を計算できます。

ここで大事なのは、検査が陽性になる確率と、陽性だった人が本当に病気である確率は違うという点です。

例題1:0,1 の送信と受信

0 または 1 を送信する通信を考えます。 送信される値は 0 のほうが多く、次の確率で選ばれるとします。

P(X=0)=0.7,P(X=1)=0.3P(X=0)=0.7,\quad P(X=1)=0.3

受信では、0 を 1 と誤る確率が 0.050.05、1 を 0 と誤る確率が 0.100.10 だとします。

P(Y=1X=0)=0.05,P(Y=0X=1)=0.10P(Y=1\mid X=0)=0.05,\quad P(Y=0\mid X=1)=0.10

このとき、受信値が 1 である確率 P(Y=1)P(Y=1) を求めます。 また、受信値が 1 だったとき、本当に 1 が送られていた確率 P(X=1Y=1)P(X=1\mid Y=1) を求めます。

送信値受信値が 0受信値が 1
X=00.950.05
X=10.100.90

解答

全確率の公式より、

P(Y=1)=P(Y=1X=0)P(X=0)+P(Y=1X=1)P(X=1)P(Y=1) = P(Y=1\mid X=0)P(X=0) + P(Y=1\mid X=1)P(X=1)

です。 ここで、

P(Y=1X=0)=0.05,P(Y=1X=1)=0.90P(Y=1\mid X=0)=0.05,\quad P(Y=1\mid X=1)=0.90

なので、

P(Y=1)=0.050.7+(0.90)0.3=0.035+0.270=0.305P(Y=1) = 0.05\cdot 0.7 + (0.90)\cdot 0.3 = 0.035+0.270 =0.305

です。

次に、ベイズの定理より、

P(X=1Y=1)=P(Y=1X=1)P(X=1)P(Y=1)P(X=1\mid Y=1) = \frac{P(Y=1\mid X=1)P(X=1)}{P(Y=1)}

です。 したがって、

P(X=1Y=1)=0.900.30.305=0.2700.3050.885P(X=1\mid Y=1) = \frac{0.90\cdot 0.3}{0.305} = \frac{0.270}{0.305} \approx 0.885

となります。 受信値が 1 だったとき、本当に 1 が送られていた確率は約 88.5%88.5\% です。 送信前には 1 が送られる確率は 30%30\% でしたが、受信値 1 という情報を得ると確率が大きく更新されます。

例題2:病気と検査

ある病気の有病率を 1%1\% とします。 病気である事象を DD、検査陽性である事象を ++ とします。

P(D)=0.01P(D)=0.01

検査の感度を 95%95\% とします。 感度とは、病気の人を陽性と判定する確率です。

P(+D)=0.95P(+\mid D)=0.95

検査の特異度を 90%90\% とします。 特異度とは、病気でない人を陰性と判定する確率です。

P(Dc)=0.90P(-\mid D^c)=0.90

したがって、病気でない人が陽性になる確率は、

P(+Dc)=0.10P(+\mid D^c)=0.10

です。 検査で陽性だった人が本当に病気である確率を求めます。

状態確率陽性になる確率全体に占める陽性
病気 D0.010.950.0095
病気でない D^c0.990.100.099
合計10.1085

解答

求めたいのは、

P(D+)P(D\mid +)

です。 ベイズの定理より、

P(D+)=P(+D)P(D)P(+D)P(D)+P(+Dc)P(Dc)P(D\mid +) = \frac{P(+\mid D)P(D)} {P(+\mid D)P(D)+P(+\mid D^c)P(D^c)}

です。 数値を代入すると、

P(D+)=0.95×0.010.95×0.01+0.10×0.99P(D\mid +) = \frac{0.95\times 0.01} {0.95\times 0.01+0.10\times 0.99}

分子は、

0.95×0.01=0.00950.95\times 0.01=0.0095

分母は、

0.0095+0.099=0.10850.0095+0.099=0.1085

なので、

P(D+)=0.00950.10850.0876P(D\mid +)=\frac{0.0095}{0.1085}\approx 0.0876

です。 つまり、検査が陽性でも、本当に病気である確率は約 8.8%8.8\% です。 有病率が低い病気では、偽陽性の影響が大きくなります。

例題3:薬と治療効果は独立か

ある臨床試験で、薬を投与された事象を AA、治療効果があった事象を EE とします。 次の確率が分かっているとします。

P(A)=0.5,P(E)=0.4,P(EA)=0.6P(A)=0.5,\quad P(E)=0.4,\quad P(E\mid A)=0.6

薬の投与と治療効果は独立かどうかを、分割表を作って判定します。

解答

まず、薬を投与され、かつ治療効果があった確率を求めます。

P(AE)=P(EA)P(A)=0.6×0.5=0.3P(A\cap E)=P(E\mid A)P(A)=0.6\times 0.5=0.3

次に、治療効果があった全体の確率は P(E)=0.4P(E)=0.4 なので、薬を投与されていないが治療効果があった確率は、

P(AcE)=P(E)P(AE)=0.40.3=0.1P(A^c\cap E)=P(E)-P(A\cap E)=0.4-0.3=0.1

です。 また、P(A)=0.5P(A)=0.5 なので、

P(AEc)=P(A)P(AE)=0.50.3=0.2P(A\cap E^c)=P(A)-P(A\cap E)=0.5-0.3=0.2

です。 残りは、

P(AcEc)=10.30.10.2=0.4P(A^c\cap E^c)=1-0.3-0.1-0.2=0.4

です。 したがって、分割表は次のようになります。

効果あり E効果なし E^c合計
投与あり A0.30.20.5
投与なし A^c0.10.40.5
合計0.40.61

独立なら、

P(AE)=P(A)P(E)P(A\cap E)=P(A)P(E)

が成り立ちます。 しかし、

P(A)P(E)=0.5×0.4=0.2P(A)P(E)=0.5\times 0.4=0.2

である一方、分割表より、

P(AE)=0.3P(A\cap E)=0.3

です。 一致しないので、薬の投与と治療効果は独立ではありません。

同じことは条件付き確率でも確認できます。

P(EA)=0.6,P(E)=0.4P(E\mid A)=0.6,\quad P(E)=0.4

なので、

P(EA)P(E)P(E\mid A)\neq P(E)

です。

例題4:副作用の上限

ある薬について、眠気が出る事象を AA、吐き気が出る事象を BB とします。

P(A)=0.12,P(B)=0.08P(A)=0.12,\quad P(B)=0.08

このとき、眠気または吐き気の少なくとも一方が出る確率の上限を求めます。

解答

劣加法性より、

P(AB)P(A)+P(B)P(A\cup B)\leq P(A)+P(B)

です。 したがって、

P(AB)0.12+0.08=0.20P(A\cup B)\leq 0.12+0.08=0.20

です。 眠気または吐き気の少なくとも一方が出る確率は、高くても 20%20\% と評価できます。 この評価では、眠気と吐き気が独立かどうかを仮定していません。

例題5:有効かつ安全である確率

ある治療で、有効である事象を AA、重い副作用が出ない事象を BB とします。

P(A)=0.75,P(B)=0.92P(A)=0.75,\quad P(B)=0.92

このとき、「有効であり、かつ重い副作用が出ない」確率の下限を求めます。

解答

Bonferroni の不等式より、

P(AB)P(A)+P(B)1P(A\cap B)\geq P(A)+P(B)-1

です。 したがって、

P(AB)0.75+0.921=0.67P(A\cap B)\geq 0.75+0.92-1=0.67

です。 つまり、有効であり、かつ重い副作用が出ない確率は、少なくとも 67%67\% と評価できます。 ここでも、薬効と副作用の有無が独立であるとは仮定していません。

例題6:薬学部らしい例題 服薬アドヒアランスと血中濃度

患者が指示通り服薬している事象を AA、血中濃度が治療域に入る事象を TT とします。 次の確率が分かっているとします。

P(A)=0.8,P(TA)=0.9,P(TAc)=0.3P(A)=0.8,\quad P(T\mid A)=0.9,\quad P(T\mid A^c)=0.3

血中濃度が治療域に入る確率 P(T)P(T) を求めます。

解答

AAAcA^c で場合分けして、全確率の公式を使います。

P(T)=P(TA)P(A)+P(TAc)P(Ac)P(T)=P(T\mid A)P(A)+P(T\mid A^c)P(A^c)

です。 ここで、

P(Ac)=1P(A)=0.2P(A^c)=1-P(A)=0.2

なので、

P(T)=0.9×0.8+0.3×0.2P(T)=0.9\times 0.8+0.3\times 0.2

です。 したがって、

P(T)=0.72+0.06=0.78P(T)=0.72+0.06=0.78

となります。 血中濃度が治療域に入る確率は 78%78\% です。

この例では、服薬アドヒアランスによって血中濃度の分布が変わるため、AATT は一般には独立ではありません。

例題7:AI創薬モデルの陽性的中率

候補化合物の中で、実際に標的タンパク質に強く結合する化合物の割合を 5%5\% とします。 実際に強く結合する事象を AA、AIモデルが「有望」と判定する事象を ++ とします。

P(A)=0.05P(A)=0.05

モデルの感度、つまり実際に強く結合する化合物を有望と判定する確率を 80%80\% とします。

P(+A)=0.80P(+\mid A)=0.80

一方、実際には強く結合しない化合物を誤って有望と判定する確率を 15%15\% とします。

P(+Ac)=0.15P(+\mid A^c)=0.15

モデルが有望と判定した化合物が、実際に強く結合する確率 P(A+)P(A\mid +) を求めます。

AI創薬スクリーニングで事前確率が陽性判定後の事後確率に更新される模式図
AIモデルの陽性判定は、真のヒット率を 5% から約 21.9% に濃縮する情報として解釈できます。

解答

ベイズの定理を使います。

P(A+)=P(+A)P(A)P(+A)P(A)+P(+Ac)P(Ac)P(A\mid +) = \frac{P(+\mid A)P(A)} {P(+\mid A)P(A)+P(+\mid A^c)P(A^c)}

です。 まず、

P(Ac)=1P(A)=0.95P(A^c)=1-P(A)=0.95

です。 分子は、

P(+A)P(A)=0.80×0.05=0.040P(+\mid A)P(A)=0.80\times 0.05=0.040

です。 分母は、

0.80×0.05+0.15×0.95=0.040+0.1425=0.18250.80\times 0.05+0.15\times 0.95 =0.040+0.1425 =0.1825

です。 したがって、

P(A+)=0.0400.18250.219P(A\mid +) = \frac{0.040}{0.1825} \approx 0.219

となります。 有望と判定された化合物でも、実際に強く結合する確率は約 21.9%21.9\% です。

これは低く見えるかもしれませんが、ランダムに選ぶと 5%5\% なので、モデルにより候補化合物はかなり濃縮されています。 創薬スクリーニングでは、「当たる確率そのもの」だけでなく、「ベースラインからどれだけ濃縮できたか」も重要です。

確率変数

確率変数とは、標本空間の結果を数値に変換する関数です。

X:ΩRX:\Omega\to\mathbb{R}

例えば、サイコロの出た目をそのまま数値にするなら、

X(1)=1,X(2)=2,,X(6)=6X(1)=1,\quad X(2)=2,\quad \dots,\quad X(6)=6

です。

確率変数を使うと、

P(X3)P(X\leq 3)

のように、数値の範囲で確率を表せます。

サイコロなら、

P(X3)=P({1,2,3})=36=12P(X\leq 3)=P(\{1,2,3\})=\frac{3}{6}=\frac{1}{2}

です。

分布関数

確率変数 XX に対して、

F(x)=P(Xx)F(x)=P(X\leq x)

で定義される関数を 分布関数 といいます。

分布関数は、xx 以下の値をとる確率を表します。 離散型でも連続型でも使える、確率変数の基本的な表現です。

分布関数は次の性質をもちます。

0F(x)10\leq F(x)\leq 1 xyF(x)F(y)x\leq y \Rightarrow F(x)\leq F(y)

また、

limxF(x)=0,limxF(x)=1\lim_{x\to -\infty}F(x)=0,\quad \lim_{x\to \infty}F(x)=1

です。

一般的な確認問題

ここまでの薬学例から少し離れて、確率の基本操作だけを使う問題も解いておきます。 統計検定1級では、応用文脈を外しても、条件付き確率、独立性、全確率、ベイズの定理を素早く使えることが大切です。

問題1:和集合と共通部分

2つの事象 A,BA,B について、

P(A)=0.45,P(B)=0.30,P(AB)=0.12P(A)=0.45,\quad P(B)=0.30,\quad P(A\cap B)=0.12

とします。 次を求めてください。

  1. P(AB)P(A\cup B)
  2. P(AcB)P(A^c\cap B)
  3. P(AB)P(A\mid B)

解答

まず、和集合の公式を使います。

P(AB)=P(A)+P(B)P(AB)P(A\cup B)=P(A)+P(B)-P(A\cap B)

なので、

P(AB)=0.45+0.300.12=0.63P(A\cup B)=0.45+0.30-0.12=0.63

です。

次に、AcBA^c\cap B は「BB は起こるが AA は起こらない」部分です。 BB は、

B=(AB)(AcB)B=(A\cap B)\cup(A^c\cap B)

と分けられ、この2つは排反です。 したがって、

P(B)=P(AB)+P(AcB)P(B)=P(A\cap B)+P(A^c\cap B)

です。 よって、

P(AcB)=P(B)P(AB)=0.300.12=0.18P(A^c\cap B)=P(B)-P(A\cap B)=0.30-0.12=0.18

となります。

最後に条件付き確率です。

P(AB)=P(AB)P(B)P(A\mid B)=\frac{P(A\cap B)}{P(B)}

なので、

P(AB)=0.120.30=0.40P(A\mid B)=\frac{0.12}{0.30}=0.40

です。

問題2:独立性の判定

2つの事象 A,BA,B について、

P(A)=0.6,P(B)=0.5,P(AB)=0.3P(A)=0.6,\quad P(B)=0.5,\quad P(A\cap B)=0.3

とします。 AABB は独立ですか。

解答

独立であるための条件は、

P(AB)=P(A)P(B)P(A\cap B)=P(A)P(B)

です。 右辺を計算すると、

P(A)P(B)=0.6×0.5=0.3P(A)P(B)=0.6\times 0.5=0.3

です。 これは与えられた

P(AB)=0.3P(A\cap B)=0.3

と一致します。 したがって、AABB は独立です。

同じことは条件付き確率でも確認できます。

P(AB)=P(AB)P(B)=0.30.5=0.6P(A\mid B)=\frac{P(A\cap B)}{P(B)} =\frac{0.3}{0.5} =0.6

であり、

P(AB)=P(A)P(A\mid B)=P(A)

なので、やはり独立です。

問題3:全確率の公式

事象 B1,B2,B3B_1,B_2,B_3 が標本空間を排反に分割しているとします。

P(B1)=0.2,P(B2)=0.5,P(B3)=0.3P(B_1)=0.2,\quad P(B_2)=0.5,\quad P(B_3)=0.3

また、事象 AA について、

P(AB1)=0.1,P(AB2)=0.4,P(AB3)=0.7P(A\mid B_1)=0.1,\quad P(A\mid B_2)=0.4,\quad P(A\mid B_3)=0.7

とします。 P(A)P(A) を求めてください。

解答

全確率の公式より、

P(A)=i=13P(ABi)P(Bi)P(A)=\sum_{i=1}^{3}P(A\mid B_i)P(B_i)

です。 それぞれ代入すると、

P(A)=0.10.2+0.40.5+0.70.3P(A) =0.1\cdot 0.2+0.4\cdot 0.5+0.7\cdot 0.3

です。 計算すると、

P(A)=0.02+0.20+0.21=0.43P(A)=0.02+0.20+0.21=0.43

となります。

問題4:ベイズの定理

事象 B1,B2B_1,B_2 が標本空間を排反に分割しており、

P(B1)=0.7,P(B2)=0.3P(B_1)=0.7,\quad P(B_2)=0.3

とします。 また、

P(AB1)=0.2,P(AB2)=0.6P(A\mid B_1)=0.2,\quad P(A\mid B_2)=0.6

です。 AA が起こったとき、それが B2B_2 側から来た確率 P(B2A)P(B_2\mid A) を求めてください。

解答

まず、分母となる P(A)P(A) を全確率の公式で求めます。

P(A)=P(AB1)P(B1)+P(AB2)P(B2)P(A)=P(A\mid B_1)P(B_1)+P(A\mid B_2)P(B_2)

なので、

P(A)=0.20.7+0.60.3=0.14+0.18=0.32P(A)=0.2\cdot 0.7+0.6\cdot 0.3=0.14+0.18=0.32

です。 ベイズの定理より、

P(B2A)=P(AB2)P(B2)P(A)P(B_2\mid A) = \frac{P(A\mid B_2)P(B_2)}{P(A)}

です。 したがって、

P(B2A)=0.60.30.32=0.180.32=0.5625P(B_2\mid A) = \frac{0.6\cdot 0.3}{0.32} = \frac{0.18}{0.32} =0.5625

となります。

まとめ

確率は、事象に数を対応させる関数です。 その土台は、標本空間、事象、確率測度からなる確率空間

(Ω,F,P)(\Omega,\mathcal{F},P)

です。

条件付き確率、独立性、ベイズの定理は、すべてこの確率空間の上で定義されます。 さらに、確率変数を使うことで、偶然の結果を数値データとして扱えるようになります。

この考え方が、期待値、分散、標本平均、推定、検定へつながります。